私は老人介護の仕事をしています。
平成21年3月11日
私の住む福島県中通りは内陸部にあるため、津波の被害は受けませんでしたが、1週間に及ぶ断水や、ガソリン不足、自宅が大規模半壊するなど、様々なライフラインへの影響をうけました。
そんな中で私たちの職場は、浜通りから避難してくるお年寄りたちの緊急避難場所となり、受け入れの支援に追われることとなりました。
私は、職場のことで手いっぱいになってしまい、沿岸地区の、老人介護の仲間の方たちが、大津波の中で、どのような壮絶な体験をしているのか、そこに、思いを至らせることができませんでした・・・
半年後、沿岸地区の仲間に、その時のことを教えてもらいました・
宮城県のある特養では、入居者の方が54名、職員の方が17名、
津波が来たとき、利用者さんを助けようと、
人間は忘れるという能力が与えられているから、生きていけます。
忘れなければ生きていけないような、
それが震災だと思います。
原発事故だと思います。
私たちがこうして生きていられるのは、震災で亡くなった人たちが代わりに苦しみを受けてくれたからかも
だからこそ、忘れてはいけないし、同じ悲劇を二度と繰り返さないようにする責務が、生き残った者には託されているのではないかと思います。